こちらの放射線量

ツイッターでは何度かTWしたが、こっちで測った放射線空間線量を書いてみる。
直線距離では福一から、フィリピン・セブ市内までおよそ3500km。
ガイガー機種はウクライナ製のSOEKS‐01で測定はγ線のみ。比較的数値が高く出るので7掛け程度と考えてよいとの情報(ガイガーレンタルショップのHPより)もある。ただし以下は7掛けではなくそのまんまの数値で書く。

セブ市内のホテル室内(5F)で“0.08‐0.1μSV”
セブ市内、自分の賃貸アパート室内(2F)で“0.08‐0.11μSV”室外で“0.06‐0.09μSV”
セブ市内、アヤラモール玄関(屋外2F)で“0.06−0.09μSV”

割合高く東京都中央部と大差ないが、原因を考えると室内が鉄筋で床がすべてタイル張りであることが挙げられるかもしれない(タイルの上では高く出るため)。西東京市だった私の自宅マンション室内は同ガイガーで0.14−0.16μSV程度だったので、比較すると低いのは低い。
今後、セブ市内外でもっといろいろな所で測ろうと思うが、市内だと変わらないだろうから今後遠出した際にも測ってみたい。

避難した私たちは、国内で稼働原発―しかも福一のように未だ爆発を繰り返し明日崩壊するかも分からないような崖っぷち原発がないだけでもゆとりができている。
ゆとりというのは、時間的ゆとりだ。元旦から渡航までの間のたった2カ月弱の間だけでも、私たちは昨年末30日の爆発、元旦の地震による4号機の危機、その後2号機の危機が連続して、大阪へ一時避難を繰り返し大変不自由な生活を送った。新年以降ほとんど自宅へ帰れなかった。私は仕事を持ち運んでの移動に次ぐ移動の中で、随時福島近辺の地震情報、線量情報、自分のガイガーでの計測、その他TW等での危機情報収集等を同時進行で行わなければいけなかった。ゆっくり寝る暇すらなかった。福一の見張りだけで一体どの位の時間を使ったか分からない。

もちろん福一だけでなく、TPP情報その他見張らなければいけない事柄は山ほどあって、私は自営だったからまだいいものの、こんなの勤め人には物理的に絶対無理だろう。でも無理だと逃げ遅れる。だから、福一に何かあっても(実際にはいつでも何かあって解決の手段すらないのだが、破れかぶれ的対症療法で延命しているに過ぎない)少なくとも数日考えるゆとりのある距離まで物理的に離れておかなければいけないと思う。
どこへ逃げるか何を持って行くか待ったなしの状態と1、2日あるのとでは全く違う。私たちは今年からは待ったなしの避難をしていた。かなりエネルギーがいる作業だった。それなりにお金もかかる。パスポートも常に携帯していた。
福一が崩壊したら北半球はもちろんのこと、地球上どこへ逃げても安全な場所などない。チェルノブイリでは2000Km圏内の地域でも未だに被害(放射能による陸海空汚染も健康被害も遺伝子被害も)が収束していない。今現在でも福一事件によって陸海空、影響を受けずに済んでいる場所は限られている。そんな中で自分にとっての最善の選択を考える時間の余地ぐらいはあったほうがいい。

実際、私たちはセブ市内へ避難してからも、NETを繋げる時間は減ったが見張っている事柄は以前と何ら変わりない。どこへ逃げても他人事ではないからだ。今起きている問題は原発だTPPだ金融問題だとブツ切りにはできないと私は何度もTWやここにも書いたし人にも話してきた。ブツ切りで考えると問題の本質や本当の敵が見えなくなり一体何に対して戦っているのか、自分はどうすべきかなどが判断できなくなってしまうからだ。

もうすぐ1年経つ。普通の人一人ひとりが今起っていることの本質を見抜いて、自分自身の頭で考えて行動し警告していくようになれば(非常に困難なことだけれど)これから起るだろう最悪の事態が変わっていく可能性も少しはあるはずだ。私たちも避難して終わりじゃないと思っている。実際、何も終わっていないからだ。むしろ何事もこれからどんどん悪くなる。悲しいことだが今無関心な人も無関心で何もしなかったことを心底後悔する時が来ると思う。
私も新生活のあれこれに目をそらされず、本当に問題だと思っていることに対して戦うことが目的だと思うし、的を射た祈りをし、何ができるかも分からないができる行動はしていこうと思う。