出エジプトを祝う「過ぎ越し」から50日目となる「ペンテコステ」
それは「聖霊(Holy Spirit)降誕」
それは「教会の誕生日」
旧約聖書時代の人々は、祭司や王や預言者に至るまで、誰も未来に「教会」というものが存在するということを全く知らなかった。
旧約聖書にはメシア預言や捕囚に関する預言や、終末の預言というのはあちこちにたくさん書かれているが、のちの時代に「教会」というものができるということは誰も全く知らされていなかった。
「教会」の存在は、奥義「ミステリー(mystery)」だ。
このペンテコステの日から「教会時代」が始まり、2021年の今現在も「教会時代」。
しかし、もう間も無く近い未来に、もしかしたら今日にでも、「教会時代」が終わるかもしれないというような時になっている。
私たちは壮大な人類の歴史の中で、最後の時代の証人となる。
私たちは「アンカー」だ。
聖霊の火を手に持って繋いでいく炎のアンカー。
使徒行伝1:6‐11
さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。
イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。
あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」
こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。
イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、
言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」