今年は元旦が日曜礼拝デーに

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

先日はクリスマスが日曜礼拝で、翌週の今日は元旦が日曜礼拝デーでなかなかないカレンダー状況だった。

今朝はうちから歩いて約10分程のホーリネス系教会(Holy Gate Evangelical Holiness Church)へ始めてお邪魔し礼拝した。第一日曜でもあるので聖餐式から。賛美はうちの教会(これまでずっと通っている教会)とほぼ同じだった。老若男女の比率、バランスが良いと思う。

韓国の同教団の教会がチャーチプランティングして建てられた教会だけど現在は韓国人宣教師がセブへ移り、アメリカ人宣教師が牧師を務めている。外国人は牧師含めアメリカ人2人しかおらず韓国人もおらず、フィリピン人のみ。

メッセージは英語とビサヤ語の逐次通訳(交互に通訳するやつ)がなされている。英語からビサヤ語に通訳している青年の通訳スキルがすごくて驚いた。

逐次通訳はこっちで見たことがなかったので(ほとんどのフィリピン人は英語が分かるから)自分も英語→ビサヤ語は初体験だったが、どっちも母語ではない私からすれば英語メッセージはありがたいものの、どっちの能力も低いため解読に集中しないといけないところ、コロコロ短いセンテンスで英語からビサヤ語と交互に移り変わるので余計頭がごちゃごちゃすることが分かった。英語なら英語、ビサヤ語ならビサヤ語でのほうが意外と理解しやすい。途中からビサヤ語を諦め英語のほうにフォーカスするようにした。

◇メッセージ箇所はヘブル人への手紙11章―12章。
・信仰の歩みを陸上トレーニングやレースに例えて話された。そのレースは各自異なるものであり、人のレースではなく自分のレースを走ること。
・苦難がある時、そこに神様の訓戒や懲罰、教え、しつけがあり、それを通過して聖化されていくということ。
・ディサイプル(弟子(disciple)の語は、ディシプリン(訓戒・懲罰・教育(discipline)から来ているということで、神様の訓戒・教育を受けた者、という意味であること。
・苦難の時でも、自分の目を“苦難”のほうにではなく常にイエスさまにフォーカスさせること。

概要はそんなところだけれど、肝心のこと、礼拝の心が非常に感じられる教会で、聖餐式もメッセージも聖書箇所から分かりやすく順序立てられている。

個人的には、年齢構成が幅広いせいか落ち着くし話しやすい。日本の平均的な教会と同じ位の人数規模でなんかなつかしい感じもあった。訪問した理由の一つは、市内から遠い家に7月から住んでいることで、今の地域の教会に集ったほうが私の場合総合的に良いだろうということだった。普段多忙で市内へ出ての夜の祈祷会やその他イベントもここ2、3年は出席もままならずで、教会についてはいろいろうすぼんやり考えて祈っていた時期でもあった。

そのようなことで、今日はとても感謝な礼拝となりました。

■また出た、猫洗面器。

教会から帰ってきたらまたこんなのが家に居た。