今年最後の礼拝

今年最後の礼拝(29日)は、市内からかなり遠いナンオッドという町の教会との合同で行われた。場所は市内からちょっと出た辺りの、敷地の広い別教会のキャンプサイト
ナンオッド教会の方々とは数か月前に現地で集会を行ったことがあり、久々の再会となった。

敷地が広い。ヤギが3頭草を食べていたので遊んでみた。

今日はパスター・ソンのメッセージで、イエス・キリストの再臨、その備えについてだった。
年末という節目に、私たちが持つ再臨への希望について改めて明快に語ってくださって感謝。キリスト者のゴールがどこにあるのか、これは当然のことながら最も重要なことであり、たびたび語られる必要があると思う。

なぜなら、サタンとその従者たちは、最重要なことから目を逸らさせ、本来重要ではないことや日常のことにかまけさせ、人々を霊的に眠らせてしまうことにかけてのエキスパートだからだ。眠らせたまま霊的に、物理的に殺すのが彼らの目的なので、騙されてはいけない。聖書で「目を覚ましていなさい」と繰り返し警告されているのはそのためだ。私たちは皆、眠りやすい。

パスター・ソンはマタイの福音書中の〝10人のおとめ(〜5人は賢く、5人は愚かだった)”のイエス・キリストによるたとえ話の中で、この箇所を理解するために、当時のユダヤの婚約・結婚についての説明を加えてくださった。聖書では結婚=〝イエス(花婿)と教会(花嫁)”の関係であるとされている。

実際のところ、聖書でのイエス・キリストのたとえ話等は、当時の文化背景の理解がないと、うっかり日本人(他国人)的にミスリードしてしまうだろうから大事なポイントだ。

イエス・キリストの再臨はキリスト者にとって日々最大の関心事であってしかるべきだと思う。少なくとも私にとっては(再臨〜それ以降のことは)人生最大の関心事であり真に最終的な希望だ。
聖書中、イエス・キリストの生誕(降誕)に関する預言が100超であるのに対し、再臨に関しては200超、なんと2倍のことが語られている。聖書で何度も繰り返されていること、数多く語られていることはそれだけ重要だからだ。

そんな訳で本日の礼拝は心が引き締められるものとなり、主に感謝。

 

ナンオッド教会の子どもたちで歌う賛美。

 

みんなでお昼ご飯。市内からの食事の運搬と買い出しのお手伝いをした。今日はごちそういっぱい。